上記は『徒然草』に記された一節です。お酒好きの方々の間では、前半の「酒は百薬の長」の部分だけが伝え広がっているとよく耳にします。
『徒然草』とは、鎌倉時代末期に吉田兼好によって書かれた随筆、いわゆるエッセイです。その第175段「酔いどれ百態」では、酒に酔った人々の様々な姿が痴態として描かれています。その姿を見て兼好は、「酒を勧めて、無理に飲ませることを興とする事、如何なる故とも心得ず」と述べています。これは「無理に酒を飲ませる風習が、いかに理解しがたいものであるか」という意味となりますが、現代においても、飲み会や宴会で無理に酒を勧めることは少なくありません。しかし、これがアルコール依存症の引き金となることもあるので、注意しておきたいものです。
また上記の一節にある通り、アルコールはその実、肝臓病や心臓病、脳卒中、更には癌の発生リスクを高めますし、精神的な健康にも悪影響を及ぼすため、うつ病や不安障害の原因となることもあります。さらに飲酒運転での事故や家庭内暴力などを引き起こしてしまえば、社会的に大きな問題になることも避けられなくなってしまいます。そうなれば、もはや「酒は万病のもと」と言わざるを得なくなることでしょう。
ただ一方、飲酒には楽しい一面があるのもまた事実です。実際『徒然草』にも、「月見酒、雪見酒、花見酒。思う存分語り合って杯をやり取りするのは、至高の喜びだ」との記述があります。友人と共に飲んで過ごす時間や、特別な瞬間を祝うための酒は、確かに人生の楽しみの一つとなり得るものです。しかしこういった場合、本当に大切なことは、飲酒そのものではなく、その人達と「楽しい時間を過ごすこと」にあるのではないでしょうか。そしてその時間は、本当にアルコールがないと得られないものだったのでしょうか。
…依存症になってしまうと、こういった問いの当たり前の答えを見失うことにもなりかねません。
アルコール依存症は、本人だけでなく、周囲の人々にも深刻な影響を及ぼすため、適切な理解と支援が必要な病気です。またご自身とアルコールの関係を見つめ直してみることが、とても重要になってくる病でもあります。ただそれを一人で行うのは、大変な苦労を伴います。脳にまで届くアルコールという物質は、それくらいの影響力をもったものなのです。
そんな中で、どのように考え、どう動けばよいのか。迷われる方も多いのではないでしょうか。それを知るための一助として、まずは専門医にご相談いただくことをお勧めしています。
心理士 松井真佐尚